はじめに(疾患背景と現行治療の課題)
膵臓(すいぞう)の外科手術、特に部分的切除(distal pancreatectomy)を行った後に最も頻繁に起きる合併症のひとつが、**術後膵瘻(postoperative pancreatic fistula:POPF)**です。
膵臓からの分泌液が手術創から漏れ出し、感染や他の臓器への影響を起こすことがあり、入院日数の延長、死亡リスクの上昇、治療コストの増大など多くの負担を生じさせます。
現在、術前や術中・術後の工夫(ドレーン設置、縫合技術、液の管理など)が行われていますが、特異的・十分に効果が証明された薬物予防法は確立されていません。
この試験は、手術前に ランレオチド(lanreotide) という somatostatin アナログ(膵分泌を抑制する薬剤)を使うことで、術後膵瘻の発生率を低減できるかどうかを検証することを目的としています。もし効果があれば、手術前処置として新たな予防戦略になり得ます。
治療の位置づけ(+やさしい解説)
専門的な解説
本試験で使われるランレオチドは、somatostatin アナログと呼ばれる薬剤の一種で、膵臓からの酵素分泌を抑制する作用があります。膵臓を切除する際、残った膵組織から分泌される酵素液が縫合部位や切断断端を通じて漏れ出すことが 膵瘻 の原因の一つと考えられています。手術前にランレオチドを投与して膵酵素分泌を抑えることで、手術による膵分泌の刺激や負荷を軽減し、術後の漏れを防ぐ可能性が期待されます。
また、本試験は 無作為化二重盲検(randomized, blinded) のデザインで、対象者をランレオチドを投与する群とプラセボ(偽薬)を与える群に分け、術後 60 日以内の膵瘻発生率を比較します。さらに、術中のドレーン設置予定かどうかなどの層別化も行い、現実的な手術条件下での有効性を見極めようとしています。
効果はまだ検証中であり、この試験によって期待される成果は 膵瘻発生率の低減、入院期間の短縮、術後の生活の質(quality of life)の改善 などです。
やさしい解説
手術で膵臓の一部を切る(distal pancreatectomy といいます)と、膵臓からの液が縫い目や切り口から外に漏れてしまうことがあります。これを「膵瘻(すいろう)」といい、しばしば術後のトラブルのもとになります。
この試験では、手術の前に「ランレオチド」という薬を打って、膵臓が液を出しにくくするよう準備してから手術をします。別の人には偽の薬(プラセボ)を使い、どちらが膵瘻を防ぐのに効果があるか比べます。目的は、手術後に液漏れが起きる人を少なくして、入院を短くしたり体の回復を早めたりすることです。
患者さん向け解説
以下は、この試験に参加を検討される方向けのポイントです。参加を考える際の参考にしてください。ただし、参加可否や具体的なリスク・利益は必ず主治医とご相談ください。
どんな治療なの?
この治療は、手術(distal pancreatectomy)を予定している人に対して、手術の前に ランレオチド(lanreotide) を 皮下注射(subcutaneous injection) で1回投与し、偽薬を投与する群と比べて術後膵瘻が起きるかどうかを調べるものです。nebraskamed.com+3trialx.com+3ClinicalTrials+3
治療の流れ
- 登録後、手術予定日から60日以内に distal pancreatectomy を受けることが前提です。ClinicalTrials+1
- 手術の36時間以内に、ランレオチドまたはプラセボを皮下注射します。trialx.com+1
- 手術後は通常の術後管理が行われ、60日間にわたって膵瘻やドレーンからの漏れ、合併症、入院日数、生活の質(quality of life)が追跡されます。trialx.com+2ClinicalTrials+2
どのくらい通院が必要?
手術前に1回通院または病院受診が必要です(治療投与のため)。手術後は通常の入院期間を含み、術後60日間は合併症チェックや診察のために通院または入院でのフォローがあります。通院・検査回数は手術の状態や術後の回復具合により変わります。trialx.com+1
どんな検査があるの?
- 血液検査(術前および術後)trialx.com+1
- 手術前の検査で心身状態や腎機能・肝機能など全身状態の評価trialx.com+1
- 手術後、膵瘻の有無を画像やドレーンからの液の観察で確認trialx.com+1
- 生活の質(quality of life)アンケート(術前・手術後14日および60日など)trialx.com+1
日常生活の注意点
- 手術前後は体力・栄養状態を整えることが重要です。
- 手術後は膵瘻に関連して腹痛、発熱、ドレーンからの液漏れが見られたら、すぐ医療スタッフに報告してください。
- 飲食制限や安静が求められることがあります。
- 薬(ランレオチド)については副作用がある可能性があり、消化機能の低下、吐き気、腹部の不快感などが起こる可能性があります。
参加を検討する方へ
- この治験はまだ研究中であり、この薬が必ず膵瘻を減らすという保証はありません。
- 副作用や個人の体質によって反応は異なります。
- 参加する場合は、手術前の状態、薬の既往歴、他の治療歴などが選考に含まれます。
- 主治医と十分に相談し、ご自身の病状や希望を考慮して判断してください。
試験概要
- 試験番号(NCT):NCT06807437/正式名称:A Randomized Phase III Blinded Trial of Lanreotide for the Prevention of Postoperative Pancreatic Fistula ClinicalTrials+1
- スポンサー情報:SWOG Cancer Research Network(米国)、National Cancer Institute などの協力機関あり ClinicalTrials+1
- フェーズ/デザイン:フェーズ III/無作為化・二重盲検試験(randomized, blinded)ClinicalTrials+1
- 対象疾患とバイオマーカー条件:対象は、膵臓に腫瘍性または悪性の可能性のある病変(biopsy-proven or suspected neoplasm)を持つ患者で、distal pancreatectomy を予定しているもの。特定のバイオマーカー条件の記載はなし。trialx.com+1
- 投与プロトコール(間隔、経路、開始タイミング):手術予定の約36時間以内に皮下注射(subcutaneous injection)でランレオチドまたはプラセボを投与。その他の繰り返し投与はなし。trialx.com+1
- 登録予定数と期間:274名を登録予定、試験開始日 May 9, 2025、完了予定日 Nov 1, 2027 fdaaa.trialstracker.net+3ACS+3ClinicalTrials+3
- ステータス:進行中(Ongoing)fdaaa.trialstracker.net+1
- 治験参加国:米国およびカナダ(アメリカ合衆国、カナダ)ACS+1
- 出典リンク:ClinicalTrials.gov: NCT06807437 ClinicalTrials
試験進捗状況
- 登録状況:進行中(Ongoing)fdaaa.trialstracker.net+1
- 最終更新日:ClinicalTrials.gov によると “Last Modified on 19 August 2025” ClinicalTrials+1
- 日本の参加有無:公表情報なし(現時点で米国・カナダでの施設が明記されており、日本での参加施設についての情報は ClinicalTrials.gov や関連サイトに記載されていません)ClinicalTrials+1
世界の疫学データ
術後膵瘻の発生率や膵臓手術を受ける患者数のデータなどを元に、対象となる手術合併症の頻度を見ておきます。
- 膵臓切除手術後の膵瘻発生率は、手術法(distal pancreatectomy vs pancreaticoduodenectomy)、ドレーン設置の有無、施設の経験によって異なりますが、 10〜30%前後 という報告があります。
- 日本における膵臓がんの罹患数(統計):日本では膵臓がん(pancreatic cancer)は年々増加しており、2023年時点で年間約 38,000人前後が新たに発症しているとされます(国立がん研究センターがん統計など)。(具体的術式別の統計は施設により異なる)
- 世界的には膵臓がんは予後が厳しく、早期発見が難しく手術可能例が限られる病気であり、手術が可能な症例では術後合併症の予防が患者の予後・生活の質に大きく関わるという認識が強まっています。
免責事項
本記事は臨床試験の情報提供を目的としており、効果や安全性を保証するものではありません。参与や治療を決める際は必ず主治医と相談してください。
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