はじめに(疾患背景と現行治療の課題)
急性骨髄性白血病(AML)は、骨髄で造血を担う前駆細胞(造血幹細胞または前段階の細胞)ががん化し、異常な数・未成熟な白血病細胞(blast)が増え、正常な血液細胞の生成が妨げられる疾患です。小児 AML の場合、治療としては強力な化学療法(複数コースの誘導療法・統合療法)、場合により造血幹細胞移植(HSCT)が用いられます。
しかしながら、治療関連の毒性(心臓への影響など)、再発率、治療失敗例、白血病細胞が化学療法に対して反応しにくいサブタイプ(遺伝子変異を伴うものなど)、そして長期の合併症などが課題です。現行の小児 AML のプロトコルでは、5年生存率・イベントフリー生存率が一定程度改善してはいるものの、患者のサブグループ間で成績のばらつきがあり、標準治療の改善余地があります。
CHIP-AML22 試験は、これらの課題を克服することを目的としており、小児新規診断の AML 患者におけるリスク分類の精緻化、化学療法の最適化、新しい薬剤の導入、統合療法コース数の見直しなどを含む複合的アプローチをとる試みです。ClinicalTrials+3Research+3ASH Confex+3
治療の位置づけ(+やさしい解説)
専門的な解説
CHIP-AML22/Master protocol は、治療応答に基づくリスク適応治療(treatment-response driven risk-adapted treatment)を維持しつつ、いくつかの革新的な要素を併せ持ちます。具体的には:
- Quizartinib(FLT3-ITD 突変あり、NPM1 野生型の小児 AML)患者に対して、従来の化学療法との併用および造血幹細胞移植後の単剤投与を行うサブ研究が組み込まれています。安全性、薬物動態(pharmacokinetics)・薬力学(pharmacodynamics)も評価されます。ASH Confex+3Clinical Trials Register+3Research+3
- gemtuzumab ozogamicin(GO, Mylotarg®) を誘導療法(induction)に加えるランダム化比較(study Ri)で、CD33陽性 AML 患者に対して標準誘導療法に GO を追加することの有効性を検討します。ASH Confex+1
- 標準リスク群(standard-risk, SR)患者に対して、統合療法(consolidation)コースを「2コース vs 3コース」で比較するランダム化非劣性試験(study Rc)を行い、余分な化学療法を減らして毒性を低減しつつ、治療成績をほぼ維持できるかを調べます。Clinical Trials Register+1
- リスク分類の精緻化:治療反応性および遺伝学的バイオマーカー(例:FLT3-ITD, NPM1, KMT2A再編, CBFA2T3::GLIS2, RAM表現型など)を用いて、より細かくハイリスク vs スタンダードリスク群を分け、治療強度を調整します。Clinical Trials Register+1
これらはすべて検証中であり、標準治療と比較してどの程度有効か・安全かはまだ結果待ちです。
やさしい解説
この試験は、小児 AML を持つ子ども/若者を対象に、「だれがどんな治療を受けるか」を患者さんのがんの性質(遺伝子の変化や治療開始後のがんの反応など)によって細かく分けて、その人にとって最もよい方法をみつけることを目指しています。
例えば、変異を持つ人には新しい薬を試したり、治療を少なくして副作用を減らすことを考えたり、追加のお薬を加えることでがんをもっとしっかりやっつけることを試したりします。ただし、これらは今「よいかどうかを試す段階」であり、確実に効果があるとはまだ言えません。
患者さん向け解説
どんな治療なの?
この治療は、複数の薬や治療戦略を組み合わせて使います:
- 化学療法:これまでの小児 AML 治療で使われてきた複数コースの誘導・統合療法。がん細胞を減らす強い薬が使われます。Clinical Trials Register+2ASH Confex+2
- Quizartinib(クイザルチニブ):FLT3-ITD という特定の遺伝子変異を持つ AML 細胞に効く可能性がある薬。化学療法との併用、および造血幹細胞移植(HSCT)後の単独投与も試されます。Clinical Trials Register+2Research+2
- Gemtuzumab ozogamicin(GO, Mylotarg®):がん細胞(CD33陽性の細胞)を狙う抗体薬。通常の化学療法だけでなく、この薬を追加することで治療を強める試みがあります。ASH Confex+1
- 統合療法コース数の調整:標準リスクの患者さんでは、治療の後期(統合療法)の回数を減らしても安全かどうかを比較します。つまり、化学療法を少し軽くして副作用を減らす可能性があります。Clinical Trials Register
治療の流れ
- 新しく AML と診断された子ども・若者(生まれてから18歳まで)が対象になります。センターウォッチ+1
- 最初に誘導療法(chemotherapy induction course 1, コース1)を受けます。その際の骨髄中のがん細胞の残り具合や反応で、その後の治療グループ(リスク高いか低いかなど)が決まります。ASH Confex+1
- リスクに応じて、治療の強さ(薬の種類、導入薬の追加、統合治療のコース数、場合により移植など)を調整します。ASH Confex+1
- FLT3-ITD+かつ NPM1 正常(野生型)の患者さんでは、Quizartinib の安全性/薬の体内での動きや効果をみるサブ研究があります。Clinical Trials Register+1
どのくらい通院が必要?
- 入院・通院ともにかなり頻繁になる可能性があります。化学療法のコース中、血液検査や画像検査、移植適格の評価などで通院が必要です。
- 誘導療法 → 統合療法 → 継続治療(移植後や治療後フォロー)という流れで、全体で数年かかるフォローアップがあります(少なくとも 5 年以上)Clinical Trials Register+1。
どんな検査があるの?
- 遺伝子検査:FLT3-ITD, NPM1, KMT2A 再編・その他 AML のバイオマーカー評価。ASH Confex+1
- 骨髄検査(bone marrow aspirate)および末梢血での白血病細胞割合・染色体・遺伝子変異の検討。Clinical Trials Register
- 治療中および治療後の最小残存病変(MRD) の評価:骨髄内に非常に少ないがん細胞が残っていないかをフローサイトメトリー(flow cytometry)などで測ります。Clinical Trials Register+1
- 全身状態・臓器機能検査(肝臓・腎臓・心臓など)、血液検査、感染チェックなど副作用管理のための検査。Clinical Trials Register
日常生活の注意点
- 治療中は免疫力が低下するため、感染予防(手洗い・マスク・人混みを避けるなど)に注意してください。
- 疲れやすさ、出血傾向、貧血、発熱など症状が出たら早めに医療機関に連絡を。
- 治療が長期になるので、栄養・休養を十分取り、心身のストレスにも配慮すること。
- 造血幹細胞移植を行う可能性がある患者では、入院期間や後のケアが大きくなることもあります。
参加を検討する方へ
この試験では、新しい薬(quizartinib)や新しい組み合わせを含んでおり、標準治療よりも良い結果が期待される可能性がありますが、すべての患者で効果があるとは限りません。また副作用のリスクもあります(化学療法の毒性、新薬の未知の副作用など)。主治医と、遺伝子検査の結果や現在の体調などをよく相談して、参加のメリットとリスクを比較してください。
試験概要
- 試験番号(NCT)/正式名称
NCT05994690/CHIP-AML22 Master protocol: An open label complex clinical trial in newly diagnosed pediatric de novo AML patients. ClinicalTrials+2ClinicalTrials+2 - スポンサー情報
Princess Máxima Center for Pediatric Oncology(オランダ)を中心に、小児がん施設ネットワーク NOPHO-DB-SHIP コンソーシアムが主導。センターウォッチ+2Research+2 - フェーズ/デザイン
フェーズ III のマスタープロトコール。複数のランダム化比較試験の組み込み、サブ研究含む。オープンラベル(被験者・医者とも治療内容を知っている)で、治療応答やバイオマーカーに基づくリスク適応治療。Clinical Trials Register+2ASH Confex+2 - 対象疾患とバイオマーカー条件
対象は、新規診断(de novo) の小児 AML(年齢 1 日から 18 歳まで)。誘導治療反応、遺伝子異常(例 FLT3-ITD、NPM1、KMT2A再編、CBFA2T3::GLIS2、RAM 表現型など)および細胞表面マーカー(例 CD33)などを用いてリスク分類。Clinical Trials Register+1 - 投与プロトコール(間隔、経路、開始タイミング)
化学療法が基本。誘導コース 1(induction)後の反応でリスク分類。CD33陽性患者で GO を誘導療法時に追加(study Ri)。標準リスク群では統合療法(consolidation)を 2 コースまたは 3 コースで比較(study Rc)。Quizartinib のサブ研究では、安全性ランインが設けられ、化学療法との併用、および造血幹細胞移植後の単剤使用が含まれる。Clinical Trials Register+2Research+2 - 登録予定数と期間
総登録数目標は約 905 名。うちオランダ国内は約 120 名。Clinical Trials Register+1
試験開始は 2023 年 7 月 14 日。フォローアップ期間含め、全体で 12〜13 年かかる見込み。ASH Confex+1 - ステータス
採用中(Recruiting / Open)センターウォッチ+2Research+2 - 治験参加国
NOPHO-DB-SHIP コンソーシアムを構成する国々:オランダを含む複数国(ベルギー、デンマーク、エストニア、フィンランド、香港、アイスランド、イスラエル、ラトビア、リトアニア、ノルウェー、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、スイス、ウルグアイなど)で実施予定。Clinical Trials Register+2Research+2 - 出典リンク
ClinicalTrials.gov: NCT05994690 ClinicalTrials+1
試験進捗状況
- 登録状況/最終更新日:現時点で「採用中/Recruiting」「オープン/Open」のステータス。センターウォッチ+1
- 日本の参加有無:公表情報なし。これまでの参加国リストに日本は含まれておらず、日本での実施施設名も見当たりません。Research+1
世界の疫学データ
- 世界:小児 AML は稀な疾患で、発症率は人口 10 万人あたり約 1〜4 人/年 程度とされます(国・地域で差あり)。
- 日本:具体的な最新統計値として、小児急性骨髄性白血病の発症率・予後データは「日本小児がん研究会」などが報告していますが、世界と同様に稀な疾患であり、5 年生存率は先進国と近く、70〜80%前後(治療群・サブタイプで差あり)とされることが多いです。
- 出典例:NOPHO-DBH AML-2012 試験では小児 AML の 5 年 EFS(イベントフリー生存率)が約 63%、5 年 OS(全生存率)が約 78% という報告があります。ASH Confex+2センターウォッチ+2
免責事項
本記事は臨床試験の情報提供を目的としており、効果や安全性を保証するものではありません。参加可否は必ず主治医とご相談ください。
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