抗がん剤ターゲット「HER2」

このページは、治療の相談に向けた“下調べ”をやさしく整理するためのガイドです。
医師から「HER2(ハーツー)」という言葉を聞いた方が、まず全体像をつかみ、自分の状況にどう関係するかを考える助けになるように書いています。最終判断は必ず主治医とご相談ください。


1. HER2とは?——まず“ひとことで”

  • ひとことで:HER2は、細胞の表面にある合図を受け取るアンテナのようなもの。がん細胞でHER2が多すぎたり(過剰発現/遺伝子増幅)、**形が変わったり(遺伝子変異)**すると、増殖の合図が強まり、がんが育ちやすくなります。
  • 少し詳しく:HER2はHERファミリー(HER1/EGFR、HER3、HER4)の一員で、別の仲間と“ペア(ダイマー)”を組むと、細胞内の回路(MAPK/PI3Kなど)に「増えよ・動け」という信号が流れます。

読み方のコツ:専門用語はあとから覚えればOK。まずは「HER2が“強すぎる合図”の元になることがある」と押さえましょう。

HER2

Dana-Farber Cancer Institute HPより引用


2. HER2が関わる主ながん——自分に関係する?

  • 乳がん:HER2が多いタイプ(HER2陽性)が一定割合あります。
  • 胃がん・食道胃接合部がん:HER2陽性のサブタイプがあります。
  • 大腸がん:一部でHER2増幅が治療選択肢の根拠になります。
  • 肺がん(非小細胞肺がん)HER2遺伝子変異が標的となることがあります(増幅とは別タイプ)。
  • このほか、胆道・子宮など一部の固形がんでもHER2異常が治療の手がかりになる場合があります。

ここがポイント:同じ「HER2」でも、増幅/過剰発現変異 は別物。検査の方法も、効きやすい薬も違ってきます。


3. HER2の調べ方(検査)——結果票の“どこを見る?”

まずは、ご自身の病理・遺伝子検査の結果に次の語があるかをチェックしてみましょう。

3-1. 免疫染色(IHC)

  • 細胞表面のHER2タンパクの“濃さ”を**0/1+/2+/3+**で表します。
  • 目安:3+は陽性、2+は“グレー”で**遺伝子増幅の追加検査(ISH等)**へ、0~1+は陰性の目安になります。

3-2. 遺伝子増幅(ISH/FISH等)

  • HER2の設計図(DNA)が増えていないかを確認。IHC 2+のときの判断材料になります。

3-3. 遺伝子変異(NGS等)

  • HER2の遺伝子変異の有無を広く調べます。肺がんなどで特に重要になることがあります。

3-4. 「HER2-low」という新しい層

  • IHCで**1+ または 2+(ISH陰性)**を指すことが多い層。従来は“陰性”に近い扱いでしたが、一部の薬が届く可能性が示され、臨床での活用が広がっています。

注意
がん種ごとに判定の細かな違いがあります(例:胃がんは染まり方が不均一になりやすい等)。
原発巣と転移巣でHER2の状態が異なることがあります。必要に応じて再検査が検討されます。

ミニ早見表(参考)

  • IHC 3+ → HER2陽性の可能性が高い
  • IHC 2+ & ISH陽性 → HER2陽性とみなされることがある
  • IHC 1+ または 2+ & ISH陰性HER2-low の可能性
    (最終判断はがん種ごとの基準主治医の評価によります)

4. HER2をねらう治療——“役割分担”のイメージで理解

治療の種類ごとに何をしている薬かをイメージすると理解が進みます。

4-1. モノクローナル抗体(例:トラスツズマブ、ペルツズマブ)

  • HER2の外側に結合し、
    • HER2どうし/HER2とHER3のペア作りを邪魔
    • 免疫の力を呼び込んでがん細胞を攻撃(ADCC)、 といった働きで増殖の合図を弱めます。

4-2. ADC(抗体薬物複合体:例 T-DM1、T-DXd)

  • HER2に結合する抗体に、強力な抗がん薬(ペイロード)リンカーでつないだ“運び屋”タイプ。
  • がん細胞の中に入って薬を放出し、内側から壊すことを狙います。薬によっては**周囲にも届く(バイスタンダー効果)**設計のものがあります。

4-3. TKI(チロシンキナーゼ阻害薬:例 ラパチニブ、ネラチニブ、ツカチニブ など)

  • 細胞内のスイッチ(キナーゼ)に作用して、増殖の回路をオフにします。飲み薬が中心です。

4-4. 併用の考え方

  • 化学療法や、がん種によっては免疫療法と組み合わせることがあります。最適解はがん種・病期・体調で変わります。

ここがポイント

  • HER2の状態(3+/2+のISH結果/1+/変異)
  • がんの種類・これまでの治療・全身状態
  • 国内の承認状況・ガイドライン・臨床試験
    総合して治療が選ばれます。

5. 副作用と観察ポイント——“早めの相談”がコツ

代表的な例

  • 心機能低下(左室駆出率の低下):一部の抗HER2抗体でみられることがあり、定期的な心エコーなどで確認します。
  • 間質性肺疾患(ILD)/肺炎:一部のADCで注意。息切れ・咳・発熱などは様子見せずに連絡を。
  • 下痢・皮疹:一部のTKIで起こりやすく、早めの対処が大切です。
  • 点滴時反応:発熱・寒気など。初回点滴で起こることがあり、必要に応じて前処置が行われます。

大切なお願い自己判断で中止しないでください。小さな異変でも、医療スタッフに早めに共有しましょう。


6. 治療を選ぶまでの“道順”——主治医と話すときのメモ例

  1. 検査の確認:HER2の状態(IHC/ISH/NGS)を整理(必要なら再検査の可否も)。
  2. 現状の把握:病期、合併症、生活の希望(仕事・介護・学業など)。
  3. 選択肢の比較:標準治療と臨床試験の候補を並べ、利点・注意点を見比べる。
  4. 計画を決める:優先したいこと(治療の強さ、通院頻度、内服/点滴の希望 など)をメモして共有

7. よくある質問(FAQ)——悩みやすいポイントだけ

Q1. HER2=乳がんだけ?
A. いいえ。胃・大腸・肺など一部の固形がんでもHER2が治療ターゲットになることがあります。

Q2. HER2陽性と言われました。必ず強い治療が必要?
A. 病期や全身状態、他の分子マーカー、治療歴で最適解は人それぞれです。主治医と選択肢を並べて検討しましょう。

Q3. HER2-lowって何?
A. IHC 1+ または 2+(ISH陰性)を指すことが多い“少しHER2がある”層です。一部の薬の選択肢が広がっています。

Q4. 原発と転移でHER2が違うと言われました。
A. 時間や部位で腫瘍の性質が変わることがあります。状況により再検査が役立つことがあります。

Q5. 海外と日本で治療が違うのはなぜ?
A. 承認時期や保険、ガイドラインが国ごとに異なるためです。日本国内の最新情報と臨床試験の可否を確認しましょう。


8. 用語ミニ辞典——“ひとことで”理解

  • 過剰発現:細胞表面のHER2タンパクが多い状態。
  • 遺伝子増幅:HER2の設計図(DNA)が増えている状態。
  • 遺伝子変異:DNAの一部が置き換わり、HER2の性質が変わる状態。
  • IHC:HER2タンパクの量を染まり具合で見る検査。
  • ISH/FISH:HER2のDNAが増えていないかを見る検査。
  • NGS:多くの遺伝子を一度に調べる包括的検査。
  • ADC:HER2に結合する抗体に抗がん薬を運ばせるタイプの薬。

9. 参考の探し方

  • 国立・公的機関の患者向けがん情報サイト(日本語)
  • 学会の診療ガイドライン解説(一般向け)
  • 治療薬の患者向け資材
    ※外部サイトは更新されます。検索時は「HER2」「患者」「解説」「がん種名」などの組合せがおすすめです。

10. 免責事項

本ページは一般的な情報提供を目的としています。診断・治療は個別性が高く、最終判断は必ず主治医にご相談ください。Trial Compassは医療行為を提供しません。

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